多頭飼いということ  wakawaさま作品




 多頭飼いということ





 先月わたしは、ヴィラで待つ愛犬たちに、ささやかな贈り物を持っていった。
 ちょっとしたビジネス上の幸運を手にしたので、気が大きくなっていたのだ。
 わたしの願いどおり、彼らは比較的仲良く暮らしていた。親しい間柄のもの同士が交わす きわどいジョークに、わたしはそれを知った。
 結局すぐによびもどされた、短い滞在の帰り際、
『仕事が落ち着いたら必ず連絡をください』
 と、ロビンが奇妙なくらい真剣な表情で言った。
『お祝いしたいんです、全員で』
 その言葉は、わたしを、ひときわ喜ばせた。
『3人がかりは困るよ?』
 わざとらしい渋面を作ったわたしの真意を察して彼は屈託なく笑い、
『楽しみにしていてくださいね』
 と、片目をつぶった。


  今週末はヴィラに帰るよ。
 そう連絡を入れるなり、わたしは いそいそと帰館の準備を始めた。
 機内では、大切な、自慢の、いとしい彼らを思って、ひとりほくそ笑んでいた。
 ヴィラに到着するなり、アクイラにもよらず、家令への挨拶もそこそこに、館に飛び込んだ。


「おかえりなさい、ご主人さま」
 メイド姿のロビンに迎えられた。
「お待ちしていました…」
 平静を装っているものの、語尾が震え、視線が落ち着きなくさまよっていた。 わたしの反応を気にしているのだろう。
 その様子が愛おしく、わたしはことさらやさしく微笑んだ。
「えらくかわいいじゃないか。ーー誰のアイデア?」
 ロビンが安堵の吐息を漏らした。
「キースです」
「えぇっ!?」
 さすがのわたしも、これには、度肝を抜かれた。
「勝負しているんです、誰がいちばん ご主人さまを驚かせられるか。 ーー楽しみにしていてくださいね」
 面白そうにふざけ笑って、彼はわたしを館に導き入れた。
 住み慣れた自分の別宅に、いつもと違う種類のにおいが満ちていた。
 彼らが力を合わせようと考えたこと、それがわたしのためだということが 嬉しかった。
「期待しているよ」
 わたしはロビンの肩を抱いた。
 彼はくすぐったそうに微笑んでから、
「あっ!今のは どっちへの票ですか…!?」
 本気か冗談か、まじめな顔で問うた。
「両方へ一票ずつ、かな」
 わたしは既にじゅうぶんなほど幸福なきもちだった。

「お風呂と、ご飯と、寝室があるんです。どれにされますか?」
 このままロビンを押し倒したい気持ちがしないでもなかったが、それは堪えた。それでは、彼ら全員の心づくしを無駄にしてしまう。
「…食事にしようか」
 わたしは少しばかり逡巡したのちに選んだ。
「ーー残念。 じゃぁ、どうぞ」

 テーブルには、ふんわり焼きあがったフランスパンと、熱々のブイヤベースが鍋ごと置かれていた。
 わたしは自分の空腹を自覚した。
「ご主人さまーー!おかえりなさい、お疲れでしょう?」
 声に目を向けると、真紅のチャイナドレスに身を包んだキースが果物皿を運んできたところだった。
「あ………」
 咄嗟に声をかけたものの、彼は、わたしの視線に ようやく自分の姿を意識したらしかった。恥ずかしさと困惑で、ドレス以上に赤くなってうつむいた。
「これは、また、ずいぶんと妖艶な」
 伸びやかな彼の肢体は、不思議なほど、ドレスに映えていた。
 縦線を強調するスレンダーなデザインと、長い首を強調するたて襟。腰の動きとともに ゆれてはねる深いスリットがセクシーだ。筋肉質な肩や腕、ふくらみのない胸にも、違和感はなかった。胸筋の豊かさは ウエストのくびれを鮮明に見せていた。
 裾を気にして小幅で歩く優雅、はにかんで目をそらす様子が、まさしく東洋の淑女だった。
「どうぞ。ーーお座りください」
 わたしの目の奥の欲望に気がついたのだろう、彼は幾分 落ち着きをなくしていた。
「そうだね、いただこう」
 急ぐこともあるまい。

 キースが用意したブイヤベースは最高だった。
 サフランの色と香りがわかるほど澄み切ったスープに、なんとも言えぬコクと旨みがあった。彼が この一品に どれほどの時間と手間をかけたのか、想像するだけで幸せだった。
「おいしかったよ。 デザートは、ーー茘枝?」
 赤茶色の鱗に包まれた果樹実は、中国は広東省の名産だと聞く。
 衣装に合わせたのだね、と、彼を仰いだわたしは、不意にそわそわとし始めたキースの姿に もうひとつの“お楽しみ”を理解した。
「キース」
 まっすぐ名を呼ぶと、ビクリと肩がふるえた。
「はじめて」

 うつむいたまま、彼は、机に両手をついて首を伸ばした。無骨な果皮を咥えた唇が、濡れて、妖しく光っていた。 5粒ほどを手元まで運ぶと、今度は器用に歯を使って皮鱗を剥いた。
 乳白色の瑞々しい果肉が机上に並んだ。
 彼はそこで、上目遣いにわたしを伺った。
「続けて」
 きれいに剥いた果実を、濡れた唇が 再び捉えた。 長い頸が乳突筋を浮き立たせながら側下方を向いて、指に茘枝をポトリと落とした。 ドレスのスリットに手が忍び込んだ。
「う、……ぁッ」
 真紅の布に隔てられた空間のさらに向こう、秘められたその場所に、傾国の美妃が愛した半透明の樹実が飲み込まれていた。
 燃えあがる肌の色と、寄せられた眉根が、わたしの眼前に、鮮やかにそれらを描き出した。
 弱々しく呼吸する後孔、 内壁の充血を映した乳色の果肉、潰されながら押し込まれる奇果ーー
 ひとつ、ふたつ…、
 みっつめを手のひらに落とした瞬間、
「見せてごらん」
 わたしがそう言うと、キースは泣き出しそうな目で 四つに這って、ドレスの裾を たくしあげた。
 よっつめを収めたときには、内部から、卑猥な水音が響いた。
 わたしは、彼の懸命さがいとしくなった。
 さいごのひとつを咥え持った頭をなでながら、
「わたしに食べさせてくれるかな」
 と言って、彼に顔を近づけた。
 ご主人さま…、と、のどの奥で ささやいて、キースは、唇を寄せてきた。 わたしはドレスごしにその体を抱きしめ、ほの甘い果実と、さらに甘い舌を、どちらがどちらともわからなくなるほど深く味わった。
「ふ、ーーン…ッ」
 すべらかな種が口の端からこぼれた。
 口腔の蜜をむさぼったまま わたしはそれを、彼の後ろに埋めた。
「や…、ぁっ!くるし…」
 にじんだ涙をやさしく舐めとり、ふたたび唇を合わせた。
 苦痛に喘ぎながらも、キースは必死でわたしに こたえた。 その姿は、わたしに、愛しさと同じくらいの征服欲を覚えさせた。
 一息で、わたしは彼のなかに侵入した。
「ヒ、ぃっ!ーーくるしい!ご主人さま!」
 キースは全身を仰け反らせ、切れ切れにそう訴えた。
 突き上げを繰り返すと苦しそうに頭を振りながら、それでもわたしの腕を握って離さない様が いじらしかった。
 崩れた果肉のなかで欲望が弾けた。
 声にならない叫びをあげて脱力したキースの体は、先よりも強く、わたしに しがみついていた。

「洗わなくちゃ…」
 弛緩した体を腕の力で無理やり起こして、キースが言った。
「いいよ、じっとしていなさい」
 わたしは自分の身支度だけを整えた。
「風呂場に連れて行ってやりたいのは山々なんだが。 今日はダメなんだろう?」
「…えぇ、そうなんです」
 キースは静かに笑った。「残念だな」
 わたしはやさしく口付けた。
「すばらしかったよ、キース。ーーこれは、誰の演出?」
「お見通しなんですね? ーーアルフォンソです」
「えぇ!?」
 これまた意外な答えだった。「信じられないな…」
 キースが声を立てて笑った。
「自分は絶対にできないけど、…って」
「確かに」
 よくよく眺めてみれば、この部屋のコーディネートには、北イタリアの都市人らしい洒落と繊細があった。 特に、ドレスの選び方は、絶妙だったといえるだろう。
「ロビンもかわいかったけどね」
 からかってそう言うと、キースは頬を染めながらも うれしそうにわらった。


 バスルームではロビンが何度もタオルとバスローブをなおしながら待っていた。
「あ!ご主人さま!」
 ロビンはいそいそとわたしに近付くなり、服を脱がせにかかった。
 形ばかり止めたシャツのボタンをはずし、後ろに回って、静かに袖を引く。
 その手つきに、わたしはふと違和感を覚えた。
 まったく戯れてこないのだ。
 唇をふるわせて、何かを飲み込んでいるようにさえ見えた。
(悲しんでいるのだろうか?)
 ロビンはめったに、ネガティブな感情を口にしない。だが傷ついていないわけではあるまい。
「いっしょに入るか?」
 やさしい声で誘うと、
「はい!」
 ぱっと顔を輝かせて、即座に答えた。

「背中…、向けてもらえますか?」
 スポンジを手に、ロビンは珍しいことを言った。 しかも わたしをバスタブの中に座らせて、自分は着衣のままでその外にいるという不思議さだ。
「どうしたんだ、いったい…」
 戸惑いながら聞きかけて、わたしは、その演出に気づいた。
 ーーこれは、なかなか面白い。
 少しばかりイジワルな気持ちが、わたしにそう感じさせた。 おそらく彼はわたしに対する一切のアプローチを抑制するつもりなのだ。
 首を回すと、必死で目をそらしている彼の横顔が見えた。押し付けられるスポンジは、力がこもりすぎて、痛いほどだった。
「さて。前も洗ってもらえるかな」
 明らかな揶揄いを含んだわたしの言葉に、ロビンは悔しそうに唇を引き結んだ。肩、胸、腹部をこすったあと、魚のように口を動かしながら 縁から身を乗り出し、石鹸まみれの手をわたしの下腹に這わせた。
 指がふるえて、うまくうごかないらしい。
 うつむいたまぶたが、泣き出しそうに赤く染まっていた。
「ロビン」
 わたしは彼の頭を強く抱きよせた。 このこは繊細だ。 意地悪はほどほどにしておかねば。
「おまえも おいで」
 うれしそうに顔をあげ、抱きつこうとして両腕を広げ、ーー
 あわてて、その手を背後に回した。
 わたしは思わず噴き出してしまった。
「ご主人さま!あんまりです…」
 かわいい目で にらんできたロビンをタブに引きずり込んで、体中にキスのシャワーを浴びせた。
 すべてを預けて、彼は、されるがままになっていた。 わたしは先刻のいたずらを埋め合わせるために、いつも以上に甘く、やさしく、彼を抱いた。

「実に、『意外』だったよ」
 事後も甘えることができず 悶々としているロビンの頬に わたしは何度も口付けを与えた。
「あぁ見えて、結構イケズなこと思いつくんですよね、キース…」
 ずいぶんおさまらないらしく、彼は まだ拗ねていた。 わたしは留守中の彼らの暮らしぶりを想像した。 
 仲良くしてくれていてうれしい、と、また思った。
 わたしの耳元に唇を寄せて、ロビンがささやいた。
「…あした埋め合わせしてください。ご主人さまとの、こんなもの足りないセックスは はじめてだ」
 肩におちる、重みを感じさせない髪を指に絡めて、
「そう?ーーわたしはずいぶん楽しませてもらったけどね」
 わたしがそう、言い返すと、彼は朝露にほころびた花のように笑い、
「じゃあ、いいです。その言葉で、満足できた」
 と、言った。

「さて。アルフォンソが、『寝室』なんだね」
 立ち上がりながら、わたしは苦面が抑えられなかった。 なんと言っても、彼は、最強なのだから。
「えぇ」
 ロビンはいたずらっ子のように笑った。
「灯りは、ゼッタイ、つけないで下さいね」


 寝室は無人のように静かだった。
 わたしはロビンの忠告どおり、灯りをつけずに手探りで中に入った。
 星明りに、すでに時刻が遅いことを知った。
(彼は、どこに…?)
 淡い光にようやくなじみはじめた目で見渡すと、寝台の端に、大きな白い影がうずくまっていた。
「アルフォンソ」
 小刻みにふるえていたように見えた しなやかな腕が宙を舞って、迷いながら、わたしに到達した。
 いつもの奔放な彼ではなかった。
 ーーまさか。
 驚きを通り越して、わたしは当惑していた。
「こわいのか?」
 応えの代わりに、彼はわたしの首に回した腕をますます強くした。
「かがみが…」
「?」
 対側の壁に、姿見があった。
 仄ぐらい星明りのなか、白いシルクのガウンに包まれた美しい肢体がわたしに縋り付いていた。
 一切の無駄をそいで造形された 柔軟な躯から、野生のネコ科生物の尾のごとく 長い腕が伸びていた。 あんなに先まで、あんなに繊細に、余すところなく通う神経線維はどんな色をしているのだろう。
「妖精のようだね」
 彼は どんなときも美しかった。 夜の闇を超えて閨から舞い降りる挙措も、午睡にくつろぐ気だるい姿態も。 静しては優雅で、動すれば踊るように軽やかだった。
 ただそこにいるだけで場のすべてを支配した。彼の吐息には、見つめるものを恍惚に導く芳香があった。 その陰で磨かれている鉤爪に気付きながら、だれもが彼に吸い寄せられた。
 アルフォンソはそのことを知っていた。 そして、そんな自分に誇りを持っていた。
「見てごらん」
 わたしもまた そういう彼が すきだった。ーーけれども。
「…イヤだ……」
 子どものように暗がりを恐れる姿は、それ以上に、いとおしかった。
 彼の弱い部分、王者が隠し続けてきた僅かばかりのもろさが、むき出しになっていた。ここにわたしが爪を立てたなら、彼はどんな声で啼くだろう。
「見なさい、アルフォンソ」
 少しばかり乱暴に頬を叩き、形のよい頤を持ち上げた。
 彼は深く眉根を寄せて、おずおずと瞳を瞠いた。
「……や!」
 鋭い叫びを上げ、だが、瞠いた眼を閉じることはしなかった。わたしは彼のそんな強気がいとしく、頤を押さえつけたまま頬を寄せ、
「ぬれているね」
 と ささやきながら、硬質な顔と喉に舌を這わせた。
「あーーぁ、あっ……」
 途切れる叫びは、少しずつ、恐怖から悦楽へと色をかえていく。
 濡れた瞳が、夢見るように焦点を失って、鏡の向こうの 影を見ていた
 わたしが感動するのは、彼の、この、柔軟な精神力。 おそらく この地球上のどんなものごとも、アルフォンソ・バッリスタの根底を破壊することはない。ーーその、安心感。
 シルクのガウンが滑らかな肌を流れて、落ちた。
「ふ、っ…ん、ーー!」
 わたしは脱皮を終えたばかりの躯の、胸に浮かんだ飾りを摘んだ。
「目を逸らすなよ?」
 刺激に びくり、と仰け反った背にむかって、わたしは甘やかに命令した。そして、さほど大きくはない鏡に、彼のすべてを映した。
「いやだーー」
 それはもはや誘いの言葉だった。熱をはらんだ吐息、ふるえる筋肉、うつろう視線に、わたしはそう確信した。
「腰を上げて」
 アルフォンソは背後のわたしに しなだれかかりながら、膝を立てた。姿見に 紅く熟れた後孔が曝された。星の影が、汗と蜜に濡れた襞に 猥らな息を吹き込んでいた。
 そのか弱い息遣いが わたしの指を内部へといざなった。
「うっ……!」
 彼は、魅入られたように、進入を果たすわたしの指を見ていた。わたしはわざと浅い場所ばかりを攻めた。ときおり覗く爪の端が、ほのかな光を反射した。
「だめ…、いや!足りない!」
 決定的な快楽が欠乏する苦しさに身を捩じらせながら、眸を閉じはしない。その意地と勝気がいとしかった。
「もっと高く。−−いま、挿れてあげよう」
 アルフォンソは緩慢に視線を流してわたしを捉え、蝶のように笑った。
 なんという媚び。
 彼は開いた内腿の間に両手をついて、腰を浮かせた。跳躍前の蛙を思わせるように奇妙なその姿勢すら、彼の優美を損なうことはなかった。
 闇に浮かぶ白い姿態を鏡の中に見つめながら、わたしはヴァンパイアと化す直前のおとめを征服した。
「あぁ、ーーいい!アァッ、もっと…ーー!」
 恐怖と恥辱が、快感へと完全に変換される、その瞬間を。
 彼は、わたしの腕のなかで、迎えた。

「暗闇が怖いとは知らなかった」
 しなやかな腕を絡めてキスをねだるアルフォンソにそう言うと、
「ちがいます、『暗い場所で鏡を見ること』が『怖かった』だけです」
 負けん気を全身にたぎらせて言い返してきた。そして言ってしまった後で わたしの苦笑に気付いたらしく、照れたように笑って、付け加えた。
「でも…悪くなかったです。すごく感じたし」
 わたしは声を立てて笑った。
「おまえは本当に負けず嫌いだ」
「そうですよ、ーーご承知でしょ!」
 彼はわたしの首に腕を回した。
 わたしは彼の髪をなでてやりながら、少しばかり感傷的な気分になった。

 わたしの犬には、みな、わたしの知らない魅力と一面があって。にもかかわらず、彼ら同士はそれを承知しあっていた。

 互いに仲良くしてほしいと願いつつ、かなえば疎外感を覚える。
 むけられる愛情の深さに感激しながら、幸福すぎると不安がよぎる。
  とかく「ご主人さま」も大変だ。

「みんなで居間においで。ワインをあけよう」
  それでも。
 わたし自身と、わたしの大切な彼らにかけて。

 このささやかな平和が、いつまでも、続きますように。



      <了>
  

〔フミウスより〕
ゲームで艱難辛苦を乗り越えた勇者なご主人様に贈られる、甘く、おいしく、にぎやかなヴィラ・ライフ!! こんなにもてなされて、いいなあ、ご主人様は(゚∀゚)
 
ご主人様、楽しんでいただけましたでしょうか。
一言ご感想をいただけると鬼のようにうれしいです♪ 
(メアドはaa@aa.aaをいれておけば書かなくても大丈夫です)

        




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